米国でAI規制をめぐる激しい政治的バトルが展開されている。国防総省とAnthropicの対立、全米各地でのデータセンター建設反対運動、そして「破滅論者 vs 楽観論者」に単純化されたAI議論の中で、ニューヨーク州議会議員アレックス・ボアーズが中道路線を模索している。TechCrunchのEquityポッドキャストで語られた、AI規制の最前線を詳しく解説する。
この記事のポイント
- 国防総省がAnthropicに対し、軍事目的でのAI利用制限の撤廃を要求。拒否すれば2億ドルの契約破棄と「サプライチェーンリスク」認定を警告
- ニューヨーク州のRAISE Act(責任あるAI安全教育法)が成立。フロンティアモデル開発者に安全プロトコルの公開と重大インシデントの72時間以内報告を義務化
- AI規制を巡り、Anthropic支援のPublic First Action(2,000万ドル)とOpenAI・a16z系のLeading the Future(1億ドル超)という巨額スーパーPACが激突
国防総省 vs Anthropic:軍事AIの主導権争い
現在、米国防総省とAnthropicの間で前例のない対立が起きている。国防総省はAnthropicのClaudeを機密ネットワーク上で初めて採用したAIシステムとして運用しているが、その利用範囲を「すべての合法的な目的」に拡大することを求めている。
これに対しAnthropicは2つのレッドライン(絶対に譲れない一線)を設定している。第一に、Claudeを自律型兵器に使用しないこと。第二に、米国市民の大規模監視に使用しないこと。ピート・ヘグセス国防長官はAnthropicのダリオ・アモデイCEOに対し、要求を受け入れなければ2億ドルの契約を破棄し、さらに通常は敵対国関連企業にのみ適用される「サプライチェーンリスク」の指定を行うと通告した。
アモデイCEOは「脅迫によって我々の立場は変わらない。良心に従い、彼らの要求に応じることはできない」と声明を発表。軍事的決定は国防総省が行うべきだと認めつつも、「限られたケースにおいて、AIが民主主義的価値観を守るのではなく、むしろ損なう可能性がある」と主張している。この対立は、第二次世界大戦後の時代において、政府と民間AI企業の間で試されたことのない力関係のテストケースとなっている。
RAISE Act:ニューヨーク発のAI規制モデル
ポッドキャストのゲスト、アレックス・ボアーズはニューヨーク州議会議員であり、米連邦議会への立候補者でもある。彼が中心となって策定したRAISE Act(Responsible AI Safety and Education Act=責任あるAI安全教育法)は、2025年12月にホークル知事の署名を経て成立した全米をリードするAI規制法だ。
RAISE Actの主な要件は以下の通り。フロンティアモデル(訓練コスト1億ドル以上)の開発者は、デプロイ前に安全プロトコルを策定し公開する義務がある。この安全プロトコルには「重大な害」(100人以上の死傷または10億ドル以上の損害)のリスクを低減する保護措置、不正アクセスを防ぐサイバーセキュリティ対策、モデルが不合理なリスクをもたらすかどうかを評価するテスト手順が含まれる。重大な安全インシデントが発生した場合は、発見から72時間以内にニューヨーク州司法長官への報告が義務付けられる。安全プロトコルは年次で見直しが必要で、違反した場合は初回100万ドル、再犯時は300万ドルの罰金が科される。
数十億ドルのスーパーPAC戦争
AI規制を巡る政治的戦いは、2026年の中間選挙に向けて激化している。Anthropicは「Public First Action」に2,000万ドルを拠出し、AI規制推進派のボアーズを支援している。一方、規制に慎重な立場をとる「Leading the Future」には1億ドル以上が集まっており、出資者にはAndreessen Horowitz、OpenAIのグレッグ・ブロックマン社長、AI検索スタートアップのPerplexity、Palantir共同創業者ジョー・ロンズデールらが名を連ねる。
ボアーズはジェリー・ナドラー下院議員の後任を争うニューヨーク第12選挙区の予備選において、AI規制のあり方を巡る代理戦争の中心人物となっている。「破滅論者 vs 楽観論者」という二項対立に単純化されがちなAI議論の中で、安全性を確保しつつイノベーションを阻害しない中道的なアプローチを提唱している。
データセンター建設への地域の反発
AIインフラの拡大に伴い、全米各地でデータセンター建設に対する反対運動が広がっている。大量の電力消費、水資源の使用、騒音、地域の景観への影響などを懸念する住民が建設計画をブロックするケースが増加。AI技術の恩恵と地域コミュニティの生活環境のバランスという、新たな社会的課題が浮上している。
知っておくと便利なTips
- RAISE Actは2027年1月1日(一部の規定は2026年3月19日)に施行予定。フロンティアモデルを開発する企業は早めの対応が必要
- Anthropicの国防総省との対立は、AI企業が政府とどのような関係を築くかという前例を作る重要なケースとなっている
- AI規制の動向は技術開発だけでなく、政治献金や選挙戦略とも密接に絡んでおり、今後の米国中間選挙が規制の方向性を大きく左右する可能性がある
まとめ
今回のポッドキャストは、AI規制を巡る米国の複雑な政治力学を浮き彫りにしている。国防総省とAnthropicの対立は、AIの軍事利用における民間企業の責任と政府の権限の境界を問う歴史的な事案だ。ニューヨーク州のRAISE Actは具体的な規制の枠組みを示し、Anthropicとa16z・OpenAI陣営の巨額スーパーPAC戦争は、AI産業界内部でも規制に対する見解が大きく分かれていることを示している。Claude Codeユーザーにとっても、Anthropicの企業姿勢や規制環境の変化は、今後のサービス提供や機能開発に影響を与える可能性があり、注視すべき動向と言える。

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