「バイブコーディング」を卒業せよ—AIエージェントを”オーケストレーション”する本格的なシステム設計とは
Tech Twitterを5分間眺めれば、必ず目にするフレーズがあります。「コーディングをやめて、ビルディングを始めよう」。いわゆる「バイブコーディング」—プロンプトエンジニアリングだけでユニコーン企業を作れるという甘い幻想です。しかし、GaariとThe Trailという2つのプロダクトを構築したRizwanul Islam氏は、「バイブコーディングはおもちゃを作るには良いが、システムを作るには致命的だ」と断言します。
この記事のポイント
- 「バイブコーディング」の限界と、アーキテクチャ思考の重要性
- マルチエージェント「スウォーム」システムの設計パターン
- 品質ゲートを持つオーケストレーションループの実装
- エンタープライズグレードのシステムに必要な技術選定
「バイブコーディング」という幻想
2026年のTech界隈では、「コーディングはもう終わった」という言説が蔓延しています。LLMにプロンプトを投げれば、魔法のようにコードが生成される。データベーススキーマの設計を理解しなくても、プロンプトエンジニアリングだけでスタートアップが作れる—そんな「バイブコーディング」の神話が語られています。
しかしRizwanul Islam氏は、この考え方に真っ向から異議を唱えます。「バイブコーディングはおもちゃを作るには素晴らしい。しかしシステムを作るには壊滅的だ」。彼が構築したGaari(110以上のAPIエンドポイントを持つ車両レンタルプラットフォーム)とThe Trail(AIニュースルーム)は、アーキテクチャ駆動のアプローチで作られました。
AIを「ジュニア開発者」として扱う
Islam氏のアプローチの核心は、AIを「コード生成器」としてではなく、「厳格なアーキテクチャ制約を必要とするジュニア開発者」として扱うことです。AIはシンタックスを書く能力は持っています。しかし、設計の判断、エッジケースの考慮、システム全体の整合性の維持は、人間のアーキテクトの仕事です。
この視点の転換は重要です。AIにコードを書かせることに注力するのではなく、AIの実行をオーケストレーションするシステムを設計することに注力すべきなのです。The Trailのニュースルームがまさにその実例です。
マルチエージェント「スウォーム」アーキテクチャ
The Trailは単純なチャットボットラッパーではありません。専門化されたマルチエージェントシステム、いわゆる「スウォーム」アーキテクチャを採用しています。
Planner Agent:トレンドトピックを特定し、スコープを定義します。何を取り上げるべきか、どの程度の深さで扱うかを決定するのがこのエージェントの役割です。
Researcher Agent:検証済みのソースからデータを収集します。ハルシネーション(AI幻覚)を防ぐため、信頼できるソースからの情報収集に特化しています。
Writer Agent:検証済みデータのみからコンテンツを作成します。Researcher Agentが提供した情報以外は使用しません。
Critic Agent:品質ルーブリックに基づいてドラフトをレビューします。8/10以上のスコアを目標とし、基準を満たさない出力はリジェクトして書き直しを強制します。
Publisher Agent:最終的な公開処理を担当します。
オーケストレーションループの設計
これらのエージェントを束ねるのが、オーケストレーションループです。Islam氏は「最終出力がハイシグナルで信頼性があり、一般的な『スロップ』とは一線を画すことを保証する」と説明しています。
重要なのは、品質ゲートの存在です。Critic Agentが出力をレビューし、基準を満たさなければWriter Agentに差し戻す。このフィードバックループにより、出力品質が担保されます。単にAIに「良い記事を書いて」と頼むのとは、根本的に異なるアプローチです。
技術スタックの選定理由
The Trailの技術スタックには、明確な理由があります。
Next.js 14:エッジレンダリングによるパフォーマンス(Lighthouseスコア95/100)と、リッチテキストエディタの管理を両立しています。
Supabase:Row Level Securityによるデータベースレベルの認可を提供します。AIエージェントが機密データにアクセスする環境では、この厳格なアクセス制御が不可欠です。
これらの選択は「流行っているから」ではなく、システムの要件に基づいて行われています。
知っておくと便利なTips
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Tip 1: マルチエージェントシステムを設計する際は、各エージェントの責務を明確に分離しましょう。「何でもできるエージェント」は、結局「何もうまくできないエージェント」になりがちです。
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Tip 2: 品質ゲートは早い段階で導入しましょう。後から追加するのは困難です。Critic Agentのような評価メカニズムを最初から組み込むことで、出力品質を担保できます。
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Tip 3: AIエージェントがアクセスするデータには、必ずアクセス制御を設けましょう。Row Level Securityのようなデータベースレベルの保護が理想的です。
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Tip 4: オーケストレーションロジックは、できるだけシンプルに保ちましょう。複雑なワークフローは、デバッグとメンテナンスを困難にします。
まとめ
「バイブコーディング」の時代は終わりを迎えつつあります。LLMにシンタックスを書かせることは確かに可能ですが、エンタープライズグレードのシステムを構築するには、アーキテクチャ思考が不可欠です。AIを「コード生成器」ではなく「オーケストレーション対象のリソース」として扱い、品質ゲートを備えたマルチエージェントシステムを設計する—これが、AI時代における本格的なシステム開発のあり方です。プロンプトエンジニアリングに終始するのではなく、AIの実行を設計・管理する能力こそが、これからの開発者に求められるスキルなのです。


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